蘇我馬子の墓
14日(金)日本及び日本人にとっては8月の敗戦の日というのは、アジア各国に言い尽くしがたい被害を与えたこと、私たちもまた多大な被害を被ったことに対し、自らの胸に手を当てて反省すべき日である。国民の8割が戦争を知らないとしても責任は免れない。
その意味で戦後70年の総理大臣談話は注目されたし、明日の天皇談話にも注目する。夕方6時から、嫌でも安倍首相の会見を視聴した。なお、全文をプリントアウトして、読み直してみた。結論はアベも追い詰められて、ここまで言わざるを得なかったということだ。
当初、侵略という事実も認めたくない、まして謝罪などとんでもないという「本心」を露わにしていたが、お友達の「有識者」にさえ、「侵略」を明記すべきだと言われ、謝罪だけは避けたいと思ったのに、アメリカに釘を刺され、盛り込まざるを得なくなったのだ。
高松塚古墳
「中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも忘れてはなりません」従軍慰安婦にまで触れた。
「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお言葉を失い、ただただ断腸の念を禁じえません」
これほど、事実を認めるのなら、「謝罪」はどうするのかと思ったら、「繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました」と自らの言葉で謝罪せず、嫌々村山談話を認めると。これでは謝罪の気持ちが伝わらない。「戦後一貫して」というけれど、村山談話は戦後50年後ですよと言いたい。
興福寺五重塔
今日の談話には数々の問題点がある。「日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」はいかにもそれが戦争目的であったかのような誤解を与えるし、「私たちの子や孫、そして、その先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」?それは君がきっちり謝罪すれば済む話だよ。
しかし、よくもまあ、いけしゃあしゃあと「謙虚な気持ち」歴史の教訓を胸に刻み」「法の支配を尊重し」「核兵器の不拡散」「力の行使ではなく、平和的、外交的に解決すべきである」「貧困に立ち向かい」心にもないことを言わざるを得なかったのはさぞ辛かったであろう。
未来に向けた談話にすると意気込んだ割には過去のことばかりだった。さぞかし、「謝罪すべきではない」と叫んでいた産経新聞や櫻井よしこはがっかりしているであろう。日韓、日中の首脳会談を意識しただけの心のこもらない談話になった。15日の天皇の言葉におびえていたとの報道もある。








