安達太良山の花
10日(月)暑。これも孫崎情報というか、氏もリテラを愛読している様子で、リテラからの引用である。我が新潟県出身の好きな俳優、渡辺謙や鶴瓶、樹木希林、栗原小巻、仲居正広までもが安倍政権批判の声を上げていると。孫崎氏は彼ら芸能人の影響は大きいと。
渡辺謙は「一人も兵士が戦死しないで70年を過ごしてきたこの国。どんな経緯でできた憲法であれ僕は世界に誇れると思う。戦争はしないんだと!複雑で利害が異なる隣国とも、ポケットに忍ばせた拳や石ころよりも最大の抑止力は友人であることだと思う。絵空事と笑われても」
鶴瓶は「お前なにをしとんねん!変な解釈絶対したらあかん。国の言うことを、この歳になって信用したらあかんと思う。60過ぎてね、全部が国の言うことこれ、大丈夫かいなと思うようになるって・・。今の政府がああいう方向に・・止めないといけない」
安達太良山の花
国民の命が次々と失われていく8月9日の午前の段階でも、宮中の防空壕という日本で最も安全な場所に籠ってポツダム宣言受諾に4つの条件を付けることしか決めていない。①皇室の存在を確認させる②日本軍の撤兵は自主的に行う③戦争責任者の処理は日本が行う④連合国は占領は行わない
自分たちの責任はすべて棚に上げて、7000万人(当時)の命より、天皇の命を優先させようとしていたのだ。午後には高松宮が「これでは連合国に拒絶される」と意見具申。それを受けて、①の「皇室の維持」だけを条件とする東郷外相案が提出されたが、閣議決定には至らなかった。
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そして、9日深夜11:50分、御前会議が同じ宮中防空壕で開かれた。受諾反対派の筆頭・阿南陸相は「一億枕を並べても・・」と。3:3となり、鈴木首相は自分の意見を言わず、天皇の裁断を仰いだ。予定通りの行動だった。8月10日(まさに今日)02時30分だった。
その1条件付きの受諾の電報をスウエーデンとスイス経由で米英中ソの4か国に打電。回答待ちとなったが、この間、満州では地獄のような逃避行が始まり、本土では10日~15日の間に、花巻、熊本、久留米、長野、上田、熊谷、岩国、小田原、伊勢崎、秋田市土崎空襲が続いた。
許しがたいのは満州における関東軍の動きである。居留民退避の検討が始まったのが、10日午前9時40分。まさに東京での戦争終結の議論が始まった時間である。一番列車が新京(長春)を出たのが11日の1時40分。許せないというのは、その退避する優先順位である。
当時新京だけで14万人の居留民がいたが、その内訳は軍人関係家族、大使館関係家族、満鉄関係家族、民間人家族等だったが、なんと居留民を守る任務にあったはずの軍人家族が最優先で列車に乗り込んだ。民間人は一番最後にされたし、連絡さえなかった!








